山崎の不運な一日

満月の下の色と 歩く影。

↓ 神楽の後を追った山崎だったけれど、あの足の速さについていけるはずもなく、結局神楽を見つけることができなかった。

あの二人を見ていると、いつもどうしてこう上手くできないものかと考える。
もっと効率的で合理的に沖田ならば出来るはずだ。
言葉のひとつだけで、簡単に結末を変えることだって出来るはず。なのにいつも上手くできない二人に頭を悩ませている気がする。だったらほっとけばいいと思うかもしれないけれど、そんな二人が上手くいった瞬間を目にする自分が嫌いじゃないからこそほっては置けない。

(そんな事、口がさけても言えないけどね)
山崎は、治まりつつあるを動悸をもう一度振るいたたそうと足をあげた。
その瞬間だった。

ビルの隙間のその奥、沖田の声が聞こえたきがした。
気のせいじゃない、そう思いながら、細い路地を山崎は進む。
すると、その間から沖田の姿が見えて、すぐさま身を隠した。
ここからじゃ、神楽の姿は見えない。けれどその声は聞こえる距離にはいる。

沖田の前で背を向けている神楽は、顔を俯かせている。
すぐに蒸発してしまうだろうけれど、コンクリートの上には確かに水滴が落ちていた。
その前で、沖田はため息をついていた。ときおり、気をまぎらわすように、うなじに手をのばし、かく。
それを背中で感じたのか、神楽の足はその足を進めた。
「待てよ」
沖田の手は神楽の肩を掴んでいた。
「離すネ」
神楽の言葉。でも、それが強がりかどうかくらい山崎にも分かる。
事実はどうであれ、あの光景を見せられたら勘違いもしたくなる、ましてや相手は沖田だ。放って置いても向こうから寄ってきてしまう。だから神楽が癇癪をおこすんじゃないかと山崎はハラハラしてしまう。
けれどそんな山崎の様子に反して神楽は癇癪を起こすどころか何も言い返してこない。

吐き出さない感情の中で神楽が一体何を思っているのか。自分にだって検討がつくのだから沖田に分からないはずがない。
ほんの少し優しさの感じられる言葉を投げかけてあげれば神楽の感情も救われるはず。

神楽の性格を一番に分かっているのは沖田だ。けれど、沖田の性格は、神楽よりも分かっている気がする。
側からみたら、沖田は感情を表現するのが苦手だろうとおもう。口は勿論、行動一つにしてもそれは言える。自身が観察を主にとする職種のせいか、ふと気がついた時、沖田の以外な一面を目撃することがある。それは決まって神楽に視線を向けているときだったりする。

この職業柄、どうしたって殺伐とした気持ちになる時がある。
その殺気だった空気を、ほんの一瞬で消してしまうのはいつも神楽だ。
特に何かをするわけでもない。ただ何もせずそこに存在がある、たったそれだけの事で、沖田の周りの空気を浄化してしまう。

(にしてもだなあ……)
沖田の事だ。間違ってもそれを神楽に察知させるわけがない。
山崎がため息をつくなか、会話は続く。

「お前にはもうついて行けないアル」

(あー、言っちゃったよあの人)
どうしてそう悪い方向へと自ら進んでいってしまうのか。

「お前とは、別れるアル」
沖田に背中を向けたまま、たまっていた言葉を吐き出す神楽。

「あー、そうかィ」

(だから何でそうなるっ……)
このままだと、現状は最悪の形で終わってしまうとふんだ山崎が腰をあげた時、神楽の声が響いた。

「何するアルっ!」

山崎の目の前にいる神楽は、沖田の手によって、担がれていた。

「下ろせっ、下ろすアルっ」

折りたたむように担がれている神楽は、沖田の背中を叩く。

「やなこってィ」

神楽の言葉に耳をかすつもりがない沖田は素知らぬふりをして足を前へと歩かせる。

予想してなかった状況に神楽は困惑しつつも、足をバタバタと沖田の手の中で暴れている。

「何でヨっ、お前だって……分かったって……」

細い神楽の声と一緒に、神楽は大人しくなった。
売り言葉をふっかけたにせよ、沖田からの言葉が今更つきささった。
沖田の背中をきゅっと握り締める。震えそうになる感情をぐっとこらえた。
どんな答えが欲しかったのか、自分でも分からない。ただ分かることといえば、沖田の言葉に傷ついている事だけだった。


大人しくなった神楽、沖田は担いでいた体をゆっくりと降ろした。
まっすぐに沖田を見ることができない神楽は、視線をそらす。その瞳は潤んでいる。

「嫌いネ」
神楽がぼそりとつぶやいた。
「お前なんか……大嫌いアル」
目も合わすことの出来ない神楽の精一杯の強がり。
でもその瞬間だった。空気がピリリと冷めたのが山崎にも伝わった。

「もういっぺん言ってみろ」

沖田の周りの空気が変わったのを神楽にも感じていた。その空気の重さに思わず喉をならした。
けれど神楽の負けん気の強さが、言葉を口にする。

「な、何度でも言ってやるネ、お前なんか、大きら……」

神楽の言葉は最後まで口から出ることがなかった。
まるでその先を言うのは許さないとでもいうように、沖田の視線はまっすぐに神楽を捕らえていた。

「俺の顔を見て、もういっぺん言ってみやがれ」

目を逸らすな、こっちを見ろ。沖田の視線はそう言っている。

「――っ、沖田がき……」

まっすぐに沖田をみる神楽は、言葉をつまらせた。

手をきゅっと握り締め、体は、震えた。

(嫌いにもさせてくれないアルカ……)
詰まらせた言葉の代わり神楽の頬に涙が流れた。

ふいに伸ばされた沖田の手は神楽の体を勢いよくひいた。
離れていた距離は、沖田の手によって一瞬でうまった。
痛いくらいに抱きしめてくるのは、恋しくたまらなかった沖田のぬくもり。包み込んでくるのは愛おしい香り。

「――させるわけねえだろ」
にくたらしい……。
「……ずるいアル」
この男が、憎たらしい。
なのに、心が、欲してたまらないと、沖田をぎゅっと抱きしめる。
反発したいはずなのに、神楽の手は、よりいっそう沖田の服をぎゅっとつかんだ。

「ずるいアル、、お前はずるいアルっ」
「上等でィ。ずるくて何が悪いんでさァ」

神楽の口からは文句ばかりでてくるのに、その手はいっこうに離れていかない事をおかしく思ったのか、沖田の顔はやわらぐ。
触れてくる手が優しくなったことに神楽も気づいたのか、その顔をゆっくりとあげた。
頬には、まだ濡れた後が残る。それを沖田は手で拭う。

さっきまでの空気とはいっぺんした沖田の表情がそこにはあった。

(もうだめアル……こいつの事が好きすぎるネ……)
離れていけるわけない、この手を離せるわけがない。
思うと泣けてきた神楽の顔をゆっくりと引き寄せた。

焦がれていた熱は、あっという間に神楽の中ではじけた。




その夜、収まった事態に安堵しながらも、仕事を終えた山崎は、屯所へと足を踏み入れた。
その表情は、晴れ晴れとしたもの。
いつも二人にはハラハラとするけれど、振り回されるだけ振り回されて、いつの間にか、よりいっそう二人の仲は結ばれていく気がする。たまったもんじゃないと思う反面、近くで流れていくそんな時間が、自分の中で当たり前になっている事に少しおかしく思い歩く。

「よう、山崎」

ふいに呼び止められた声に、山崎の足はピタリととまる。
まだ思考がついていかないが、いつもこの声をきくと反射的に体が停止するように出来ている。
ゆっくりと気配のない暗闇に視線を向ける。

「ひっ」

その中で朱色に光る一点を見つけると思わず情けない声をだした。

「お、おおおお沖田さんっ?!何してるんですかっ」

言いつつも、嫌な予感が全身を駆け巡り一瞬で山崎の体は冷や汗が流れた。
暗闇から一歩と進んでくる沖田は、山崎の前に姿を現した。その手には竹刀が握られている。

体の関節をならしながら、歩いてくるその表情は、静かにもかかわらず恐ろしい。

「夕飯前に、ちょいと付き合ってくれやすかィ?」

疑問系をふっかけてくるくせに、反論は許さないと顔に書いてある。
そして山崎の中でひとつの仮説が頭に浮かんだ。

(ま、まさか気づいてたんじゃ……)
全身から血の気がひいていく山崎。沖田の顔に答えは書いていそうにない。
山崎の勘が当たっているのか、いないのか、この現状には、もはや意味のない事。
沖田に首をひっつかまえられた山崎は、雄たけびとともに、暗闇の中に、消えていった。

「あー、綺麗な月アルナ」


月に手をかざす神楽。今夜は満月でその小さな手の中にはその光はおさまらなく零れ落ちる。

「あいつには、一生かなわない気がするアル」

憎らしい言葉をはくけれど、口元には笑みを浮かべている。
厄介なやつに捕まってしまったものだ、そう思いながらも男の顔を思い浮かべる。

散々振り回された男の存在を跡形もなく忘れ去った神楽は、すがすがしい顔で、月明かりの中、影を歩かせた。



fin.









Category: 山崎の不運な一日。
Published on: Mon,  18 2016 08:05
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