Red thread

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秋の匂いが鼻をかすめる頃、彼女は一人、その秋空を見上げていた……。


気温的には、丁度いい。
冬の寒さには完全に移行してるわけでもなく、かといって、死んでしまうと言っていた夏の暑さの名残も消えつつある。教室に入ってくる風が神楽の鼻を掠めると、もうすぐそこにきた、冬の独特の匂いがした。

近頃、神楽はよく窓際の自分の席から、外を見るのが癖になっていた。
見ているからと言って、何があるわけでもなかった。下に見えるのは、校庭か、そこで授業をする生徒が見えるだけ……。
視線を前に向けると、一人挟んで横に連なる、沖田 総悟の姿が、どうしても入ってしまうからだった。

神楽は少しだけ前を向き、黒板を見ると、その分厚い眼鏡レンズを通して記憶し、ささっとノートに書いた。









「神楽ちゃん、今日もミツバちゃんの所行かないの?」
下校になった神楽に声をかけて来たのは、入院したミツバの所へ毎日通っているお妙だった。
「う……ん。まだちょっと……」
神楽の答えに、お妙は息をついた。
「あのね、神楽ちゃん。ミツバちゃんのお見舞いに行く事と、沖田さんと別れちゃった事は全くの別問題でしょ? いいじゃないの」
「う……ん。でも……」
消極的な神楽の態度に、お妙はもう一度ため息をついた。
「分かった。じゃあ今日も、ミツバちゃんの様子を後で知らせるから。それでいい?」
「ごめんね、姉御……」
神楽の言葉に、お妙は仕方ないと苦笑しながら手を振った。

ミツバが入院したのは、丁度一ヶ月前だった。もともと体が弱かったのにも関わらず、今年の夏に、いつものメンバーと日帰り旅行を楽しみ、結果、体に無理が行ったとの事だった。もうほとんど体の方はよくなっていると言っていたが、正直、ミツバのお見舞いだって、神楽は行きたくてたまらなかった。けど恐かった。恐くてたまらなかった。

沖田は、姉であるミツバを、本当に大切にしている。それは誰の目から見ても明らかだった。
だからこそ、会ってしまうんじゃないかと、病院に行く事が出来なかった。

こんな事になったのも、全ては旅行に行ったあの夜からだった。
あの夜、沖田はそのまま自分の家に泊まった神楽を求めた。それは自然な事だったのかもしれない。
しかし処女だった神楽は、急に沖田が恐くなってしまい、どうしても先に進む事が出来なかった。自分の肌を覆う、布団の向こう側、沖田はぼそりと言った。「面倒くせぇ」と。

ショックだった。
沖田がそう言った事も確かにショックだったが、沖田にそういわせてしまった自分の臆病さに関しても、それは言えた。それから神楽は、沖田が自分にキスをするたび、そういう風になってしまうんじゃないかと恐く、沖田をこばんでしまう様になった。
その変化に気付いたのだろう。沖田が神楽に中々触れなくなってしまった。

自分で拒んでおきながらも、神楽は傷ついた。けれど恐いものは恐いのだから、どうしようもなかった。
例え進もうと頑張ってみても、一度そうなってしまえば、次は拒めないと分かっていた。次拒むと、沖田が離れていきそうでたまらなかった。どうしようもない感情が神楽の中に溢れた。

そんな神楽を心配したまた子は、神楽の様子を伺っていた。

そんな矢先だった。
いつもの様にまた子が、そっと神楽の帰り道をつけていくと、神楽の前に男が立つのが見えた。ちょくちょく見る、どうでもいい高校のナンパ野郎だった。こんな時、いつもだったら、無視するか、そうでなくても隣には沖田がいた。出て行こうか出て行くまいかと、また子がじだんだ踏んでいると、その男と神楽が一緒に歩いていくのが見えた。驚いたまた子は後をつけた。そしてすぐに見えてきたのはホテル街。

――――目を疑った。

しかしそのまた子の目の前で、神楽はその男と中に入っていってしまったのだった。
ショックでまた子は、足がすくんだ。
仮にもなににも、神楽は沖田と付き合ってるはずだった。けれど神楽が近頃悩んでいるのは知っていた。入院しているミツバの所に行っても、いつもの様な元気さはなかった。
けれどそれと、これが、どうして結びつくのか分からなかった。また子はとりあえずホテルの中へと入った。けれど神楽が何号室に入ったまでは分からなかった。また子はその場でうろうろとした。すると仕事を終えたアルバイトの男がまた子を見つけた。男は二十代前半だった。不振に思った思った男はまた子を捕まえた。

捕まえられたまた子は、理由を話した。すると話の分からない男でなく、暇つぶしに自分も付き合うと言い出した。結局また子は、その場で腰を落ち着けた。そうするしかなかった。
神楽の携帯の電源はきられているし、どうする事も出来ない。

そして気休めだが、男と話しをした。どうやら男はここで、調理の仕事をしているらしい。割と整った顔でもあるし、何しろ、年齢が上と言う事もあり、また子より考え方が大人だった。
話の内容は、ほぼ神楽の事だったが、時間を持て余すよりずっと良かった。ずっと一人でいると、頭がおかしくなる所だった。

しばらくすると、エレベーターが開かれる音がした。また子はその場に駆けつけると、やはり神楽だった。

驚きに駆られた神楽の目。
信じられないのはまた子も同じだった。しかしすぐに気を持ち直すと、有無をいわさず神楽の手を引いた。そして出口に連れて行った。しかしその手を、先ほどまで、また子と会話をしていた男が掴んだ。
このままではまた子は、感情的に神楽を傷つけてしまいかねない。そう踏んだ男は、とりあえず落ち着けとひきとめたのだった。そしてその後から飄々とついてくる男……。

其処までだった。

バッタリあったのは、運悪く沖田と高杉。ミツバの病院への近道だとホテル街を突っ切るつもりでいたのだ。
空気の流れが止まった気がした。神楽とホテルに行った男。そして運悪く、どうみても誤解されたまた子の存在。
すべてが運が悪かった。




それから、二日後、いとも簡単に神楽は沖田に捨てられてしまった。そしてもう一人、悲しくもそれに巻き込まれフられてしまった女も居た。



時間は刻々と過ぎていく。
沖田と高杉は、何事もなかった様に毎日を過ごしていく。なにも、無かったかのように、毎日を……。





「また子……ごめんね……」
放課後、高杉と顔を合わしづらくなったまた子が屋上で一人サボっていると、神楽が腰をかけてつぶやくように言った。また子が神楽の方をみると、明らかに以前の神楽とは違って元気がなかった。
「いいっスよ。晋介様は、私を信じてくれてないみたいっス。誰とでも寝られる女。そんな風に思われるくらいなら、いっそ別れちゃって良かったっスよ」
笑うまた子の側で、初めて神楽はまた子に本当にごめんなさいと涙を流した。
沖田にフラれたのが悲しくて、信じられないくて、何故あんな事をしてしまったのだろうとか、元に戻りたいとか、考えるばかりで、友達の傷を癒す所まで頭が回らなかった。

また子は、笑っているが、また子がどれだけ高杉を好きだったかは、神楽は嫌というほど知っていた。片思い中だった頃は、よく二人で励ましあったものだった。だから友達から恋人になれた時は、二人して泣いて喜んだ。それを自分が壊してしまった。

罪悪感で胸がいっぱいになり、涙が止まらなかった神楽の頭をまた子が撫でた。
「そんなに泣かないで。また次を探せばいいっス」
次がない事は知っている。
そんなに簡単に諦められる思いならば、こんなに苦しいはずもなく、あんなに喜んだりもしなかった。
「ごめ……また子、ごめん……」
「もう、ほら、涙拭いて……ね?」

また子は、掌で涙を何度も拭ってやった。
それは自分のためでもあった。少しでも気を抜くと、泣いてしまいそうな自分に負けたくなかった。
泣いてしまえば、自分はもっと神楽を追い詰める。そんな事出来るはずもなかった。

また子は、神楽をそっと抱き締めると、背をさすってやった。
その背中から震える振動が、自分の心をどうしようもなく揺さぶって、堪えていたものが堪えきれなくなっていくのが分かると、神楽には絶対見せないようにと、肩を震わした……。






季節が冬へと変わる頃、表面からはその傷が癒えたようにも見えた。
ミツバもとっくに退院し、交友は復活した。当然沖田や高杉の事は、お妙の口から伝わっていた。けれどミツバは、その事に関して、何ひとつ触れてこなかった。弟の事がなくても、私達は友達でしょ? そう言ってくれているようなその柔らかい笑顔は、神楽とまた子の傷を、少しずつ癒していった。

12月15日。もうすぐで学校は冬休みに入る。
本当は、初めてのクリスマスに、もうずいぶん前から胸を躍らさせていた。二人でのクリスマスに、皆でのクリスマス。カラオケにいくか、どこかに食事しにいってもいい。色々な事を考えていたけれど、それも全部ナシになってしまった。

普段は元気でいるまた子だったが、高杉と同じ教室、しかも席が近いということで、ここの所、よく屋上で時間をすごしていた。空を見上げたり、音楽を聴いたり……。
15分かもしれないし、それは一時間や二時間になるかもしれない。時間はバラバラだった。

心配したお妙やミツバが、よく屋上に行ったりはしたが、また子は笑っているだけだった。だから神楽も含めて屋上に遊びにいった。けれど教室に戻ることを、また子は無言で拒んでいた。

「はぁ~~。もういっそ転校でもしちゃった方が楽になれる様な気がするッス」
制服の下に着こんでも、この季節は寒くなるばかり。このままでは凍えてしまう。かといって教室には戻りたくない。後ろの席から香る、あの高杉の匂いが鼻腔を刺激するたび、クラクラとした。またあの腕に抱かれたいと、無理な願いが自分の中に芽生えるのが嫌だった。

もともとサボり魔だった高杉が、また子と付き合いはじめて、真面目に授業に出るようになって、やっと単位がとれている途中だった。だから高杉が前のようにサボる事はありえない。そうじゃなくても、別れた女の為に、自分が動くなんて馬鹿な真似を、あの高杉がする様には思えなかった。

「寒っ!!」
冷たい風は、また子の短いスカートをひらりとなびかせ、太股を冷たくさせる。それでも動けないのだから、もうどうしようもなかった。
「あ、ヤバいっス。眠たくなってきた……」

ここの所、ろくに寝れてない。理由は言うまでもなく。
そしてこの寒さが眠気をさそう。耳には、緩やかなBGM……。

また子の瞼が落ちるのは、まもなくだった――――。


まどろむ意識の中、真っ先にまた子の意識に浮かんだのは、温かさと懐かしさだった。
そしてそれは、ゆっくりと瞼をあけると、確信的になった。
「晋介様!!!」
飛び起きたまた子の視界に真っ先に飛び込んできたのは、高杉の制服だった。
「これ……」
間違いない。この匂い。
「晋介様!!」
立ち上がったまた子は、反射的に足を向けた。もう居ないかもしれない。一体どれくらい前に、自分に制服をかけてくれたのかも、どれだけの時間寝ていたのかも分からない。それでも追いかけたかった。
高杉が、自分を温めてくれた事が、嬉しくてたまらなかった。

「晋介様!!」
扉の前、高杉の背を見つけたまた子は、ほとんど反射的に叫んでいた。ゆっくりと高杉は振り返った。けれどすぐにまた子に背を向けた。
「晋介様!!」
もう既に声は涙で濡れていた。
恐かった、足がすくんでしまいそうな程、震えて進まない足をゆっくりと前進させ、一歩、一歩、高杉に近づいた。
「晋介様……」
高杉の顔を直視できずに下を向いたら、コンクリートの上に、シミが数個できた。

「死にたいなら、他でやれ」
耳に響く甘い声のトーン。その声は確かに冷たかった。けれど、自分を温めてくれたのも、この目の前にいる高杉だった。また子が鼻をすすっている中、高杉は自分の制服に手を伸ばした。
「駄目……これは駄目っス」
また子は、高杉の制服をぎゅっと握り締めると、返すのを拒んだ。
「これは俺の制服だ。さっさと返してもらうぜ」
高杉は手の力を強めた。
また子は、もっともっと力を込めて制服を抱き締めた。首をぶんぶんと振る。

「嫌! いや! 嫌っス!!」
コンクリートの上には、ひとつひとつのシミが重なり、大きくなっていた。
また子の声に、高杉の手が一瞬ゆるんだ。
「――――裏切ったのは……テメーじゃねーか」
「裏切ってなんかない! 裏切ってなんかないっス!!」
顔をあげたまた子の頬は、涙でまみれていた。今まで視線を合わせないようにとしていたふたつの瞳は、あまりに唐突のことで揺れた。
「私は……裏切ってなんか――――」
「じゃあ何であんな所にいたんだ」
神楽は、沖田に何も言ってない。言わずにいたから、言えずに居たから、二人は別れてしまった。それほどまでに神楽が口を硬くした理由を、自分勝手に言う事が出来なかった。
「信じてください! 私絶対――――っ!!」
言いかけたまた子の声を遮る様に、高杉は乱暴に制服を取り上げた。打ちのめされたように、また子は愕然と立ち尽くした。
肩は何度もしゃくりあげられ、頬は濡れて風にさらされ冷たくなる。
そんなまた子をそのままに、高杉は何も言わず背中を向けた。

高杉が去ったあと、また子は空を見上げた。涙に濡れた顔を手で覆った。
(泣くな……泣いちゃ駄目っス)
泣けば、たったそれだけで神楽を責める事になる。傷ついた神楽を、これ以上苦しめたくなかった。

涙を堪えようとすると、体に力が入る。
勢いづいた嗚咽は、簡単に外へ音を漏らしてしまう。それでも必死にまた子は堪えるように、震える唇に力を入れた。

刹那、また子の体が強く引かれた。覆い隠された顔は風にさらされる。勢いがついたまま振り返った先には、高杉が居た。
「し、晋介さ――――っ」
更に引かれたと思えば、強引に唇を重ねられた。噛み付かれた唇が重なった瞬間、柔らかい唇が、甘く悲鳴をあげた痛みを感じた。そしてあっと言うまに鉄くさい血にまみれた味が口内を占めた。
しばらくそのまま行為に没頭していたが、やがてそれも離された。高杉はぐっと滲んだ血を拭った。
自分の唇が切れたのは、また子も感じていたが、それよりも目の前の光景に、そして今しがたまで没頭した行為が信じれず唖然と立ち尽くした。



「テメーは俺だけみてりゃいいんだ」
荒く、吐き捨てられる台詞に、また子は震えた。
「さ、最初から……見てるっス」
「見てねーじゃねぇか」
「見てるっス」
「じゃあ、何であの場に居たんだ。言ってみろ」
「――――言いたくないっス」

また子は、いつだって自分の言う事を聞いていた。そんなまた子が、時折頑固になる時がある事を、高杉はやっと思いだした。だからこそ戻ってきたのだった。
「チャイナか?」
また子は何も言わなかった。けれどその表情が全てを物語っていた。
本当は、最初から気付いていたのかもしれなかった。結局はただの嫉妬だと、分かっていた。
ただ、しつこいまた子から何度もアタックされて、なんとなく付き合ってみたはいいが、付き合えば付き合うほどまた子に惹かれていく自分が許せなかったのかもしれない。
だから、強引にまた子を抱いたりもした。けれどいくら自分が突き放した所で、また子は離れていかなかった。どんどんとまた子に惹かれていく自分を素直に直視できなかった。

そしてあの一瞬、何もが崩れた気がして、また子の言葉に耳を傾ける事が出来なかった。突き放したら、はじめてまた子が引いた。引いた瞬間、後悔した自分が居たが、それさえも認めたくない自分がいた。

この三ヶ月、もがき苦しんだのは、ある意味高杉だったのかもしれない。
突き放したまた子への後悔。また子が欲しくてたまらないというジレンマ。避けだしたのは自分の方からだったはずなのに、いつしかまた子が教室にもあまり顔を出さなくなってしまってから、高杉の胸には焦燥感ばかりが募った。

別に話をしようと思って屋上に上ったわけじゃない。ただ其処に足が向いただけ。
けれどその目にまた子を入れてしまった途端、寒い中、逃げるように屋上で横たわってるまた子を見た途端、そして、冷たくなってしまったその柔らかい肌にふれた途端、ああせずにはいられなかった。

意地になって、再びまた子を突き飛ばした後、勝手に足が止まった。
心ではまだ迷っている自分がいるにも関わらず、体は正直に引き返した。

高杉は、もう一度また子の唇に触れた。そっと切れた場所をなぞると、また子が一瞬顔をしかめたので、そのまま顔を傾け、そこを舐めた。痛みに体を跳ねさせたまた子を力をこめ抱き締めた。そのまま何度も舐めると、唾液で膜を張ったのか、痛みに体を反応さすことがなくなった。
ならばと高杉はゆっくりと舌を挿入させた。

まもなく絡んできたその舌は、たったそれだけで高杉を反応させた。

「――――認めてやるよ」
許してやるよ、の間違いではないのか? また子はそんな事を思ったが、後は考える事も許さないと高杉は強く舌を絡めた。
















同時刻、神楽は銀八に呼ばれて職員室へと行っていた。
沖田と別れた事は、銀八も知っていたが、その事に口を挟むほど野暮な男ではなかった。
しかし、さながら妹のように、娘のようにと可愛がっている神楽が落ち込んでいる姿を見て、笑っていられるほど白状な男でもない。だから今日は、久し振りに鍋でもするかと神楽に声をかけていた。

教師として皆と隔てなく接するようにしてはいるが、放課後は多少プライベートな時間だと、銀八は、財布の中を確認していた。

神楽は笑った。まだ前のようではないが、多少なりとも喜んだのは銀八にも分かった。
そのまま買い物をしつつ、久し振りに一緒に帰るかと言う銀八の提案にも、神楽はのった。

神楽は荷物を取りにいくと教室へ向った。だけどまさか、その教室にまだ沖田が残っているとは、夢にも思わなかった。

「あ……」
声を出してしまった事に、心底後悔した。顔をあげた沖田の表情は、あの瞬間から同じように冷たい。
すぐに目を逸らした神楽は、自分の荷物を取ろうと、席に急いだ。最短距離をと急いだ神楽は、その途中で、よりによって沖田の缶のペンケースをスカートに引っ掛けてしまった。

甲高い音が鳴ると同時、いくつものペンが床に散らばった。

一瞬頭が真っ白になった。
「ご、ごめ……」
神楽がしゃがみこんでペンを拾うと、沖田が席から腰をあげたのが分かった。焦った神楽は急いでペンを集めた。沖田の目を見ないようにそれを渡す。
顔が近い。息がこもる……。


「神楽」
突然呼ばれた声に、神楽はひゅっと息を吸い込んだ。
勢いよく立ち上がると、声をする方を見た。そこに立っていたのは、中々来ない神楽を追ってきた銀八だった。
「ごめん銀ちゃん。すぐ行くから……」
焦った所為で、机に神楽は当たった。その机を直しつつカバンを手にとった。

「じゃ、下で待ってるわ」
そう言った銀八が一瞬沖田に向けた視線は、教師の目ではなかった。身内を苦しめる者に向けられる冷徹な視線だった。
ペタン、ペタンと銀八のスリッパの音が遠くなる。そのすぐ後を神楽は追いかけるように沖田の前を通り過ぎた。しかしその神楽の腕を沖田が掴んだ。神楽は両の目を見開き停止した。

「――――銀八と、何処に行くんでィ」
神楽の喉が、ごくりと鳴った。
「ぎ、銀ちゃんが、今日鍋でもしようって……」
掴まれたその腕が発火して火傷しそうだった。
「行って? んであいつともヤんのか?」
せせら笑った沖田のその顔を、神楽は、思い切り引っ叩いていた。
先ほどまでのか弱さとは違い、その蒼い瞳は、怒りにまみれていた。
「銀ちゃんとはそんなんじゃないアル! 変な事言わないで!!」
神楽は沖田の腕を振り払おうとした。しかしその手は振り払われるどころか、ますます神楽の細い腕に食い込んだ。
「だったら何でェ。次々に男代えやがって」
もう一発神楽は平手を沖田に向けた。しかし今度は沖田は防いだ。
「もうお前には関係ないアル!!」
「ちょっとの間でも付き合った女が、あばずれだって触れ回って欲しくないんでね」
皮肉たっぷりの沖田の台詞。
その生まれてくる感情を、何と呼ぶのかを、もう沖田は自分で気付いていた。
――――嫉妬。嫉妬だった。



「離せ! お前が私を捨てたアル! 捨てた後の事までいちいち干渉しないでヨ!!」
「捨てられるような事をしたのはオメーだろィ?」
「して――――っ」
ないとは言えなかった。確かに自分は沖田を裏切った。

黙ったまま静かになった神楽に、沖田は静かに台詞を吐いた。
「あばずれが……」
気が付くと、神楽は顔をくしゃくしゃにして、カバンごと沖田にぶつけていた。
「嫌い!」
すき
「嫌い! 嫌い!」
すき、すき……
「お前なんかだいっ嫌いアル!!!」

いっそ、嫌いになれたら、どれだけ楽か分からない。こんな酷い事を言われても尚、自分は沖田の事が好きでたまらないのが、悔しくて、惨めで、情けなくたまらなかった。
教室から飛び出した神楽は、必死に階段を駆け下りた。
そこから、数秒遅れで、沖田の足は神楽を追っていた。
いくら神楽の足が早いとはいえど、沖田の身体能力に敵うはずもなく、一階の踊り場で、沖田は神楽を捕まえた。
校舎はガランとしていて、辺りに人の影はない。二人のあがった息がやけにリアルにお互いに届いた。
「離せ! 嫌アル! もう嫌アル!!」
そう言った神楽は、沖田の前ではじめて声を強くだして泣いていた。
別れると沖田が冷たく言い放った時でさえ、神楽は黙ってそれを受け入れた。なのに何故こんな場面で……。
神楽の涙は、沖田の気持ちを揺さぶるには十分だった。

「お前なんか嫌い! 嫌いアル!」
両手を掴まれた神楽は、涙をとめる事も、拭う事も許されず、ただただ頬の上でぶれさせた。
こんなに取り乱す神楽をみた沖田は、正直驚きに駆られていた。

神楽から告白をしておいて、少なくとも、神楽は自分にベタ惚れだったはずだと思っていたのにも関わらず、浮気を認めた。何故? どうしても分からなかった。付き合ってからは、自分では大事にしていたつもりでいたし、優しくだってしていた。当然惚れてさえもいた。だから神楽が欲しかった。なのに拒まれた。そしてあげくの果てには浮気をされた。これを笑って許せるような男ではないし、笑って許すのはただの馬鹿とさえ、今でも思える。裏切ったのは神楽の方なのに、どうしてこんなにも取り乱すのか。

「ちょ……落ち着けって――――」
「嫌! 離して!」
神楽は暴れる力を緩めない。
咄嗟、沖田は、神楽を両手で抱き締めた。そして神楽がどれほど暴れようが、もう逃げる事ができないようにと力を込めた。
しばらく暴れていた神楽だったが、肩で息をしながら、ぽつりと呟いた。
「いっそ……お前と離れてしまえばいいのに――――」
神楽から発せられたその台詞に、自分でも驚くほどに沖田はショックを受けていた。
「だったら……こんなにも苦しまなくてすむアル……」
浮気をしておいて、それでも自分の事を好きだとでも言うのか? 沖田は神楽の真意が分からないまま抱き締めた手をそのままにした。
けれど、気付かぬうちにその手に力が込められたのは、急に襲ってきた恐怖のためだった。
神楽は三年の春に転校してきた留学生だ。もしかすれば、目の前から居なくなりたいと神楽が本当に望めば、それは可能なのかもしれないと、思ってしまったのだ。

「何でそんなに……」
浮気をしたのは、神楽の方なのに――――。
「だって、だって……嫌われちゃうかと思ったから……でも、嫌われちゃったアル――――っ」
沖田は神楽から体を離すと、向かいあった。
「一体そりゃ、どういう意味でィ」
沖田の問いに神楽は首を振った。
「もういい、もういいアル……もう帰るアル――――」
「駄目でィ!!」
声を出した本人が、その声の大きさに驚いた。けれどこれは本心から来る言葉だった。
神楽を何処にもやりたくない。離したくない。手の届かない場所になんて、絶対行かせたくないと、強く思った。
沖田の声に驚いた神楽は、ぽつりと言葉を発した。
「ごめん……沖田ごめんなさい――――」
謝ったのも、今がはじめてだった。
「何で、あんな事したんでェ……」
神楽は鼻をすすると、一度言いたくないと口をつぐんだ。しかし沖田が首を横にふると、おずおずではあるが、口を開いた。
「面倒くさい女になんて、なりたくなかったアル――――」
沖田は、頭を殴られた思いがした。
ゆっくりと記憶を辿る……。
「まさか……嘘だろィ」
神楽は首を振った。
「あの人、私がまだ初めてだって言ったら、優しくしてくれるって言ったアル。そしたら痛くなくなる方法も知ってるって言ったアル……」
真っ青になった沖田は、思わず口を覆った。
口は災いのもとだと、よく言われるが、今日ほどまでそれを痛感した日はなかった。
「それで……」
その先を考えただけで吐き気を催した。

神楽はあの日、自分が安易に出した言葉で、傷つき悩んだのだ。今になって、やっと神楽の行動の意味が分かったような気がした。自分の欲望ばかり考えてしまい、神楽を追い詰めた。だから触れられるのも恐がった。
沖田は、言葉をなくした。

神楽は沖田の表情を見ると、ゆっくりと自分の手を沖田の中から抜けさせた。
けれどそれに気付いた沖田は、神楽の手をぐっと止めた。
「駄目でェ、あいつの所になんざ行かせねェ。何処にだって帰らせたりするもんかィ」
神楽は震える唇を開く。
「何で?――――なんでアル。もう、終わったアル……」
「終わっちゃいねぇ」
沖田は神楽を腕の中でぎゅっと抱き締めた。
「全部、やりなおしたいと思ってまさァ」
「やりなおす……?」
「あぁ、そうでィ。全部、何もかも無かった事にしてくだせェ」
「なかった事に……?」
ほんの少し神楽から体を離すと、そっと頬に触れた。
「俺は、裏切ったオメーが、許せなくて、憎くて仕方なかった。けどそりゃ、裏を返してみれば、それだけオメーに惚れてるって事だって気付いたんでさァ。許してくれとは言わねぇ。ただ、オメーに冷たく当たったのも、酷い言葉を言って傷つけちまったのも、ちゃんと反省してる。すぐにヨリを戻せるなんざ思ってねー。けど、もいっぺん一からオメーとやり直したい。優しくしてやりたい、笑わせてやりてぇ。大切にしてやりたい。銀八に何度殴られたって、土下座したっていい。――――俺はオメーに惚れてる」

沖田の言葉が続いているその間、くしゃっと崩れた神楽の顔は、今はうれし涙で溢れていた。
何度も、何度も泣きながら頷き、会話が終わる頃には、自分から沖田の首に手を回していた。

「沖田っ……沖田――――っ」
ふわりと香った神楽の匂いは、沖田に言い知れぬ感動をもたらした。

「――――神楽」
自然に出て来たその声は、優しさと愛おしさにいっぱいだった。

神楽が他の男と体を重ねたと聞いてしまっても、結局自分も神楽の事を諦めきれなかったとこの三ヶ月で思い知らされた。別れてから空や校庭ばかり見ている神楽の横顔を、どうしようもなく追ってしまう自分。冷たい視線を向けながらも、触れたくて、欲しくてたまらなかった自分。

自分が思うより、ずっとずっと、神楽の事が好きだと、改めて気付かされた。

「オメーが恐がるなら、恐がらなくなるまで俺は触れたりしねぇ」
神楽は、ずずっと鼻をすすった。
「じゃあ、恐くなくなるまで、痛くならないように、一緒に頑張って欲しいって言ったら……」
口から、出てきてしまった言葉に、神楽は今更恥ずかしがるそぶりを見せ、赤く俯いた。

意図のあるような神楽の言葉を、必死に沖田は自分の中で整理する。
「お、沖田と恐かったんだもの。他の人となんて……もっと恐くて出来ないアル……」

あの部屋に、神楽は確かに入った。それはどうしようもない事実だった。
浮気とも呼べる。
けれど、神楽はあの男に、どれだけ迫られても、指一本触れさせなかった。

そういう意味では、今回の騒動、また子が見つけたナンパ野郎に、軽くはあるが善意がある人間だったのが、救いだった。

沖田は思わずにやけそうになった自分の口を覆った。――――そっと、神楽を見る。
「だ、だから……ちゃんと優しくしてくれるって言うんだったら、一緒に頑張っていきたいアル」
其処にたっているのは、いつものツンデレな神楽だった。
むしょうに神楽に触れたくなった沖田は、そのまま顔を傾け神楽に口を重ねた。驚いた神楽だったけれど、すぐにその柔らかい感触に没頭しはじめる。




空から、少し早いサンタの姿が見えた気がした。



end
Category: Red thread
Published on: Wed,  02 2011 07:10
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10 Comments

きょん  

うおあ…
これ凄い好きです!読みながら、胸を圧迫されてるみたいに苦しくて、仲直りしたときは、もうなんか…
結局やっぱ沖田が折れますね。シーンを想像して悶えてました。
お忙しいとは思いますが、これからも頑張って下さい!

2011/11/03 (Thu) 00:45 | REPLY |   

まき  

うわぁ、どうなるの!とドキドキしながら読ませていただきました。どんなに沖田に言えなかったとしても、神楽から高杉にまた子の誤解は解いてあげないとって思っちゃいました。

2011/11/03 (Thu) 14:24 | REPLY |   

みー  

お久しぶりです(´▽`)
そして久しぶりの読み切り嬉しいです!!
二人とも誤解とけて戻れてよかったぁ(;▽;)
ハラハラしながら、最後うれしい気持ちで読ませていただきました!!!

2011/11/03 (Thu) 17:31 | REPLY |   

ゆー  

うわぁ❤すてきでしたぁ!

最後までハラハラで気が抜けなかったです
よっかた。。ハッピーエンドで。。

高または沖神と違った良さがあってはまっちゃいました!

すてきなお話ありがとうございました☆

2011/11/03 (Thu) 19:11 | REPLY |   

つむぎ  

あぁ~ ホッo(><)o

あぁ、よかった…

もう、最初からハラハラしっぱなしでしたぁ…(>_<)



ツンデレさんは沖神のお話を書いていらっしゃるので、高またのお話を読んでいるとき、なぜか沖神以上に心臓がバクバクo(><)o



とても良いお話をありがとうございました!(^^)!

2011/11/03 (Thu) 23:18 | REPLY |   
ツンデレ→きょんちゃんへ">

ツンデレ→きょんちゃんへ  

Re: タイトルなし

ツンデレ→きょんちゃんへ">

ハッピーニュウイヤー!!!

おおおお返事遅くなってしまって申し訳けありませんっっ!
仕事の方が、真面目に忙しくて、Pcを開く事さえままならない日が続いてます。

その間にも、見に来てくれてたら、更新できなくてごめんねi-201

今年も一年、もう少し更新できる様に頑張るから
今年一年、また宜しくお願いします ^^

2012/01/01 (Sun) 21:58 | ツンデレ→きょんちゃんへさん">REPLY |   
ツンデレ→まきさんへ">

ツンデレ→まきさんへ  

Re: タイトルなし

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あけまして……そして初めまして^^。ツンデレと申します!
亀更新のブログへ来ていただいてありがとうございます。

今回のお話、気に入っていただけてとても嬉しく思います♪

今年は、去年よりもう少し更新できる様に頑張ります!
また遊びにきた時は、気軽に声をかけてくださいね^^

このお話は、私もお気に入りなんです。
喜んでもらえて、本当に嬉しいです!!

2012/01/01 (Sun) 22:18 | ツンデレ→まきさんへさん">REPLY |   
ツンデレ→みーさんへ">

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Re: タイトルなし

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はっぴーにゅ~いや~!!

久し振りだね、本当に……。すんません……。
サボってる訳じゃないんだよ。
真面目に仕事に終われてて……。

でも、またもう少しして落ち着いたら、また更新するからね♪

みーさんは去年はどんな一年だったかな?
今年も、また宜しくね♪

2012/01/01 (Sun) 22:30 | ツンデレ→みーさんへさん">REPLY |   
ツンデレ→ゆーちゃんへ">

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Re: タイトルなし

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楽しんでもらえて私も嬉しいです ^^

高または、沖神と同じくらいに好きなんですよ~♪

別れてくっつく……オイシイですよね、この設定☆
今年は、もう少しで落ち着くので、そしたら、また更新していきたいなと思っています^^

私も早く更新したくてうずうずしてるんです。
脳内では、かなり物語が進行しています (笑)

ゆーちゃん、今年も宜しくお願いしますね ^^

2012/01/06 (Fri) 19:18 | ツンデレ→ゆーちゃんへさん">REPLY |   
ツンデレ→つむぎさんへ">

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Re: タイトルなし

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高または、実は沖神の話と同じくらい大好きなんですヨ ^^

コピー本も、含めたりしてますしね♪

でも、気にいって頂けてよかったです!
今回のお話も、創作していて、本当に楽しかったんです。

今年は、もうすこし更新できるように頑張りますので、今年も楽しみにしていてくださいね^^

今年一年、宜しくお願いします ☆

2012/01/09 (Mon) 01:40 | ツンデレ→つむぎさんへさん">REPLY |   

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